Ex LOVERS

なかなか職が決まらない。
はぁとため息をつきPCの電源を落とす。
シャワーを浴び食事を済ませると古本屋に向かった。
このところ古本屋で本を買い、帰りに喫茶店でコーヒーを飲みながら買った本を読むのが日課になっている。
小説のコーナーをぐるぐると物色してみる。
本当はデビッド・フォスター・ウォーレスと言う人の本を探していたのだが、無かったので他の本で我慢する。100年以上も前の小説だ。ふうむ。
さて、本も買ったし後は喫茶店だ。しかしなかなか良い店が無い。昨日と一昨日の店ははっきり言ってもう行きたくない。理由は単純、コーヒーがおいしくないのだ。おいしいコーヒーというのは飲むときに香りがして喉を通った後もまた香りがする。2段階の香りだ。別に銘柄など全然知らないし通を気取るつもりは無いけれど不味いよりは旨い方がいいだろう。
そうだ商店街においしい店があったはずだ。前に行ったのは1年ぐらい前だっただろうか?何故あの店を忘れていたのだろう。少しだけ明るい気分になりその店に向かった。
しかし結局その店にも入れずじまいだった。無常にも店のシャッターは閉じられていたのだ。
目の前の魚屋の店員に聞いてみると、だいぶ前に店を閉めてもうやってないのだと言う。
旨いコーヒーを飲ませる店がまた一つ消えた。まったく糞のような話だ。
僕は少し意地になり、そこらじゅうを歩き回って喫茶店を探した。
171号線を上ってみたり2号線を東へ進んでみたり。喫茶店というのはある様でなかなか無い。どれぐらい歩いただろう僕はある喫茶店を見つけた。

喫茶スナック「愛」。

いまどきコントでも出てこないような名前だ。しかし僕はその名前をみた時、驚くのではなくある女の子のことを思い出していた。
〜女の子の話〜
その子は途中まで僕の高校時代の同級生だった。何故「途中まで」かというと、彼女は高校を中退し3年からは定時制の高校に通ったからだ。その子は中退するまで僕の友人と付き合っていた。そんなこともあり彼女とはそれなりに仲が良かった。
定時制に通うようになってからその子は僕によく電話をかけてきた。大抵は授業前であろう夕方が多かったが夜遅くにかけてくることもあった。同じ学校にいるときはかかってきたことなんて無かったのになんでだろうとも思ったが、きっと深い理由は無かったのだろう。女子高生が良く作る「お気に入り」というやつだそれにまんまと御指名がかかっただけだと思う。僕は僕で他に好きな娘がちゃんといた。
特別な感情がないこともあり僕たちは色々なことを喋りあえた。
学校のこと将来のこと家庭環境のこと。最近ラジオでかかっている「Ex LOVERS」という曲を彼女がとても気に入っているというので、そのCDを持っているから貸してやるなんて話とか。
中でも彼女がリストカットしていた時期があったという話は僕をとても驚かさせた。
しかし、貸す約束をしていた「Ex LOVERS」が何処に行ったか見当たらないという話をしたのを最後に彼女から電話はかかってこなくなった。
彼女がそれに怒ってかけてこなくなったのかは分からない。もしかしたら学校に慣れてきて僕に電話をかけることすら忘れてしまったのかもしれない。いや、むしろ後者のほうが可能性としては大きいだろう。だが兎にも角にもその電話を最後に彼女から電話がかかってくることは無かった。

彼女と再会したのはその2年後のことだった。
「なみたく〜ん」
大学の帰りにJRの駅から家路に向かう僕を呼び止める声がする。振り返るとその女の子が立っていた。
「久しぶり、最近どうしてる?」という僕に
「名前が笑えるんだけど『愛』っていうところで良く飲んでる。マスターに味がある。なみたくんも今度来てよ」と彼女は少し照れくさそうに言った。
会話はその程度で今度行くという約束をして僕たちは別れた。
最初は本当に一度誰かを誘って行ってみるつもりだったが1ヶ月もすると僕はそのことをすっかり忘れて日々の生活をすごしていた。
〜喫茶店『愛』〜
その店が僕の目の前にある。
「こども1300円おとな1900円」という張り紙をしている散髪屋の隣にあるその店はとても今風とはいえない。しかし入るしかないだろう。第一、僕は喫茶店を探していたのだ。
中に入ると店のママらしき人がカウンターで数人の男性と韓国の話をしていた。
店の内装は所謂純喫茶で木の机、木の椅子が幾つか並べてあり店内には上品なジャズがかかっていた。
ブレンドコーヒーを一つ注文すると僕はさっき買った小説を読み出した。孤独な青年が女性に声をかけ恋に落ちる話。数ページ読むとママがブレンドコーヒーを持ってきてくれた。
あまり期待していなかったのだがお世辞抜きに実に旨いコーヒーだった。温度も適切だし味も良い何よりちゃんと2段階に香りがする。
コーヒーを飲み終え勘定の時ママに「ごちそうさま」と言い、店を出た(おいしいと思った店を出るとき僕はそうする)
新しく見つけたコーヒーのおいしい店は僕を幾分明るい気持ちにさせてくれた。

今度「Ex LOVERS」を探して聞いてみよう。あの甘ったるいラヴソングを今聞いても良いと思えるかどうかは自信ないけど。